いじめ 考察

いじめには理由なんてない。
よく聞くフレーズだが、ボクは真逆だと思う。
いじめられる人間には、それ相応の理由があると思う。
もちろんこれは、全ての人に当てはまる話ではないことは承知してほしい。

異端。
平凡以上、または平凡以下。
これらに当てはまる人間がよく対象となる。
加えて協調性がない、または巧く協調できない人間はほぼ100%いじめにあうだろう。
なぜか。
まずは実体験を語ろう。
ボクはいじめられていた、と言えばいじめられていたことになるだろう。
だがあれは、はっきり言って仕方のないことだったと思える。
ボクという人間にはまるっきり『協調性』というものが欠けていたのだ。
教師(とくに小学校教諭)との相性も悪く、さぞかし手を焼いたことだろう。
つまるところ、そういった異端だったわけである。
極端な例ではあるが、そういった「正当な」理由があって、ボクはクラスメイト(もちろん他クラスも含む)達や担任からいじめられていた。
果たしてそれはひどいことだろうか。

人間は、本能的に異端を排斥する感覚を持ち合わせている。
それが至って普通なのだ。
普通、誰だって変な人にお近付きにはなりたくないだろう。
ただそれだけのことである。
それにも関わらず、加害者だけが悪く言われるのは同情を禁じ得ない。
ボクの場合、いろいろと勘違いをしてくれた学校側のせいで彼らはボクに謝るはめになった。

いじめられる側はどうだろう。
いじめられていたと呼んで差し支えのない状態の人を何人か…正確に言うと(ボクを含めずに)五人知っているが、その人達は『普通』のカテゴリに入れて差し支えのない人達で、さらに言えば善良、な人達であった。
彼らのいじめられた理由とはなんだったろう。
五人中二人は、体型を理由にいじめられていた。
まぁありふれた理由だ。
では、「太っている」というただそれだけの理由でいじめられていたのだろうか。
確かにからかわれたりするキーワードは一つだが、実際の理由は「口下手」だ。
うまく喋れない、ということはもちろん、周りの人間とのコミュニケーションが充分に取れないということだ。
他の三人もからかわれるキーワードは違ったが、「口下手」という部分だけは共通していた。
ボクは喋るのが苦手な人とコミュニケイトをとるのが億劫な人間では無いし、周りの状況を全く気にしない人間だったので彼らとよく話した(友達だったのかもしれない)が、彼らはいつだって優しく、そして謙虚というより遠慮がちで、まるで聖人、というと大袈裟かもしれないが、本当に善い人達だった。
なぜ彼らがいじめられたのか。
その理由が先程述べた「口下手」―『コミュニケーション能力』の不足にあると思われる。

最初に述べたように、異端として扱われるのは「平凡以上平凡以下」の人達である。
しかし、平凡以上の人は『コミュニケーション能力』も高いことが多い。
だから平凡以上の人は、いじめられるどころか人気者にさえなれる。

先程の実体験で述べた『協調』であるが、この言葉の意味は「打ち解けて助け合うこと」である。
『コミュニケーション能力』が無ければ打ち解けることなど出来るはずはなく、『協調』も出来ない。
つまり、『コミュニケーション能力』の有無こそがいじめの中で重要なのである。

人気blogランキング
1日1クリックして下さると泣いて喜びます。

一番上へ
[PR]
by unfairy-tale | 2006-11-15 19:52 | 考え事
<< 羨ましい限りですね きのうのこと >>